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重傷でも動き続けられる? 産業医が「アドレナリンと痛みの麻痺」を診る

〈からだ検証 #08〉 · ウォーターの検診

どうも、ウォーターです 🐬。会社で働く人の健康をみる医者——産業医をしています。

ダークファンタジーの主人公は、腕を斬られようが内臓を晒そうが、顔色ひとつ変えずに剣を振り続けます。『ベルセルク』の戦いを観ていると、こう思う人は多いはずです。「あんな大怪我をして、なぜ痛みで動けなくならないんだ?」と。

今日の患者=深手を負っても動く剣士(『ベルセルク』第1巻より引用)
今日の“患者さん”——深手を負っても動き続ける剣士。第1巻の姿です。引用・批評目的/© 三浦建太郎・白泉社『ベルセルク』

これ、実は医学的にちゃんと説明のつく現象が半分、混じっています。極限状態で痛みが消える——それ自体は、フィクションではありません。

そこで今日は、作品の是非ではなく“あなたの体”の話として、実在のストレス生理学と痛みの科学で答え合わせします。先に結論を言うと——「痛みが消える」は本当。でも「だから平気」は大嘘です。ここが今日いちばん大事なところ。

大剣を担いで歩く(『ベルセルク』第1巻より引用)
大剣を担いで歩く——「重傷でも動き続けられるのか」を痛みの医学で検証します。引用・批評目的/© 三浦建太郎・白泉社『ベルセルク』

📖 作品を読みたい人へ:『ベルセルク』は白泉社の正規サービスで読めます。

この記事のルール

作品を裁くのではなく、「人間の体で同じことをやったら、実際どうなるか」を実在の医学で検証します。医学的な話には、すべて論文のリンクを付けます。数字を盛ったり、記憶で語ったりはしません。引用するコマは、その場面自体を医学的に論じる目的でのみ、無改変で最小限に用います。


目次

Q1. 大怪我なのに痛みで動けない、にならない——盛りすぎでしょ? いや、これは本当です

傷を負っても立ち構える(『ベルセルク』第1巻より引用)
傷を負っても立ち、構える——「大怪我でも一時的に動ける」をストレス誘発性鎮痛で検証します。引用・批評目的/© 三浦建太郎・白泉社『ベルセルク』

まず作品の描写を、僕の言葉で置き換えます。極限の戦場で、致命傷に近い深手を負ってもなお、キャラクターが痛みに崩れることなく剣を振るい続ける——ダークファンタジーの主人公によくある姿です。

結論から言うと、この部分は驚くほど本当です。

強いストレスや生命の危機に直面したとき、痛みが一時的に抑え込まれる現象が実在します。ストレス誘発性鎮痛(stress-induced analgesia, SIA)と呼ばれるもので、動物でもヒトでも確認されているとされます(Butler & Finn, Prog Neurobiol 2009)。

仕組みはこうです。脳幹の中脳水道周囲灰白質(PAG)という場所を起点に、「痛みの信号を上に伝えるな」という指令が脊髄まで降りていく——下行性疼痛抑制系が強く働きます。すると、傷そのものは同じでも、痛みとして脳に届くシグナルが脊髄のレベルで削られる。だから「大怪我なのに痛くない」が成立します(Butler & Finn, Prog Neurobiol 2009)。

巨大な剣を振り上げる(『ベルセルク』第1巻より引用)
巨大な剣を振り上げる——極限状態で体が動く仕組み(下行性抑制系)を検証します。引用・批評目的/© 三浦建太郎・白泉社『ベルセルク』

作品が誇張しているのは“程度”であって、“現象そのもの”は、いい線をついています。

持ち帰り①:極限で痛みが引くのは、あなたの意志の強さではなく、脳と脊髄に最初から組み込まれたブレーキ(下行性抑制系)が働くから。誰の体にも備わっている標準装備です。

極限で痛みが引くのは、意志の強さじゃないんだ。脳幹のPAGを起点に「痛みの信号を上に伝えるな」という指令が脊髄まで降りる——下行性抑制系というブレーキ。誰の体にも最初から組み込まれた標準装備だよ。🐬


Q2. じゃあ体の中で麻薬が出てるってこと? ——ほぼ、その通りです

鍛え抜かれ改造された体(『ベルセルク』第1巻より引用)
鍛え抜かれ、改造された体——“自前のモルヒネ”(内因性オピオイド)とアドレナリンの役割を検証します。引用・批評目的/© 三浦建太郎・白泉社『ベルセルク』

ここが面白いところです。

SIAには、体内で作られる内因性オピオイド——β-エンドルフィンなどの、いわば“体内のモルヒネ様物質”——が関わる経路があります(Ferdousi & Finn, Prog Brain Res 2018)。極限状況で脳が自前の鎮痛薬を放出している、というイメージです。

ただし、鎮痛の経路はそれ一本ではありません。オピオイドに依存しない経路もあって、どちらが主に働くかは、ストレスの強さと持続時間によって切り替わるとされています(Parikh et al., Eur J Pharmacol 2011)。短く激しいストレスと、長く続くストレスとで、体の“痛みの止め方”が変わる。鎮痛は固定された装置ではなく、状況に応じて中身が入れ替わる仕組みだ、ということです。

そしてこれは動物実験だけの話ではありません。ヒトを対象にした研究でも、ストレスが痛みを抑える現象と、そこに内因性オピオイド機序が関わることが検証されています(Bruehl et al., PAIN Rep 2022)。あなたの体にも、同じスイッチが備わっている、ということです。

持ち帰り②:脳内の“自前のモルヒネ”は魔法ではなく、複数の経路が状況で切り替わる仕組み。だから効き方も一定ではなく、いつでも同じように痛みを消してくれる保証はない、と考えておくのが安全です。


Q3. 「アドレナリンで痛くない」ってよく言うけど——半分は、主役を取り違えています

「アドレナリンが出てるから痛くないんだ」——戦闘描写でよく聞くセリフです。半分正しくて、半分は整理が要ります。

大怪我や生命の危機に直面すると、闘争・逃走反応(fight-or-flight)が起こります。交感神経系が数秒のうちに立ち上がり、アドレナリン(エピネフリン)やノルアドレナリンといったカテコールアミンが放出される。心拍数と血圧と血糖が上がり、気道が広がって、全身が「今すぐ戦うか逃げるか」に最適化されます。これは正常な生理反応です(Tank & Wong, Compr Physiol 2014)。

ただ、注意したいのは——この交感神経の興奮と、Q1で話したSIA(痛みを消す仕組み)は、まったくの別物ではないけれど、イコールでもないということ。アドレナリンで体が臨戦態勢になることと、痛みのシグナルが脊髄で削られることは、別のレイヤーで同時に起きています。「アドレナリンが痛みを消している」と一言で片づけると、下行性抑制や内因性オピオイドという主役を見落とします。

現実では、この二つが重なり合って、「重傷でも一時的に動ける」状態が作られる——そう理解しておくのが、いちばん誠実だと思います。

持ち帰り③:「アドレナリンで痛くない」は主役の取り違え。臨戦態勢を作るのがアドレナリン、痛みを削るのは下行性抑制系や内因性オピオイド——別々の仕組みが同時に走っているだけ、と覚えておくと現象を正しく読めます。


Q4. ⚠️ 「痛くない=平気」ってこと? ——いいえ。ここだけは真顔で言います。

痛みをこらえる表情(『ベルセルク』第1巻より引用)
痛みをこらえる表情——「痛くない=無事」ではない理由を、真顔で検証します。引用・批評目的/© 三浦建太郎・白泉社『ベルセルク』

いいえ。ここが今日いちばん大事で、いちばん誤解されやすいところです。

歴史的な原点があります。第二次大戦の戦場で重傷を負った兵士たちを観察した古典的な臨床報告では、深手を負った兵士の多くが、受傷直後に強い痛みを訴えず、鎮痛薬を求めなかったと記録されています。つまり、痛みの強さは、体の損傷の大きさと必ずしも比例しない(Beecher, Ann Surg 1946/PMID:17858731)。傷は重いのに、痛くない。これは実際に起こります。

ここから導かれる結論は、勇ましさとは正反対です。痛みが消えることは、傷が軽いことを一切意味しません。 むしろ「痛くないから大丈夫」と動き続けることこそ、いちばん危険です。

さらに、ストレスは痛みを抑える方向にも、逆に増幅する方向(痛覚過敏)にも、双方向に作用しうるとされています(Ferdousi & Finn, Prog Brain Res 2018)。「強い人ほど痛みを感じない」のではありません。同じストレスが、ある局面では鎮痛を、別の局面では過敏を生む。“無痛=強い/安全”は、生理学的に成り立たない読み方です。

そもそも痛みは、体が「ここが壊れている、動かすな」と知らせる警告信号です。痛みを無視して動き続けることは——痛みと損傷の関係を誤って認識する「恐怖回避モデル」が慢性痛につながることが論じられているのと同じ構図で——体を守る仕組みそのものを損なうリスクを持ちます(Gatchel et al., J Orthop Sports Phys Ther 2016)。

だから、現実のあなたへ。強い痛みが出ないまま大きな怪我をした心当たりがあるとき(事故・転倒・スポーツ・激しい仕事のあと)ほど、痛くなくても受診してください。 「動けたから平気」は、体からの警告が一時的に切られていただけかもしれません。アドレナリンが引いた数時間後に、初めて激痛と本当の損傷が姿を現すことは、珍しくありません。

持ち帰り④:無痛は「無事」の証明ではありません。強い衝撃を受けた直後に痛みが軽くても、それは警告灯が一時的に消えているだけのことがあります。事故・転倒・スポーツ・激しい作業のあとは、痛くなくても受診を——これだけは、ふざけずにお願いします。

ここは真顔で。痛くない=無事、じゃない。強い衝撃を受けた直後に痛みが軽くても、体が警告灯を一時的に切っているだけのことがある。反動は、あとから来る。事故・転倒・スポーツ・激しい作業のあとは、痛くなくても受診して。これだけはお願い。🙏

——白状すると、僕も昔スポーツで指を痛めたとき、その場は興奮で動けたので「大したことない」と放置し、翌朝きれいに腫れ上がって受診しました。医者なのに、です。あのとき動けたのは、丈夫だったからではなく、ただ体が痛みを一時的に切っていただけでした。


判定:ファンタジー vs リアル

主張判定
大怪我をしても一時的に痛みを感じず動ける◎ 本当(ストレス誘発性鎮痛・下行性抑制・内因性オピオイド)
体内で“モルヒネ様物質”が出て痛みを止めている○ 一部本当(内因性オピオイド経路+非オピオイド経路の両方)
アドレナリンが痛みを消している○ 一部本当(闘争逃走反応は同時に起きるが、鎮痛の主役は下行性抑制系。イコールではない)
痛くない=傷が軽い/強いから平気✕ ファンタジー(無痛は損傷の大きさと無関係。反動が来る)

まとめ

重傷でも動き続ける主人公の姿は、“現象”としては本当です。極限状態で、あなたの脳は自前のブレーキとモルヒネで、痛みを一時的に切ることができます。人体は、思っているよりずっとタフに設計されています。

でも、そのタフさの正体は「痛みが消えるスイッチ」であって、「傷が消えるスイッチ」ではありません。痛くないことは、無事であることの証明にはなりません。 無痛は強さの勲章ではなく、しばしば、あとで請求書が届くタイプの前借りです。

だから今日の持ち帰りは一つ。“痛くないから動けた”ときこそ、動きを止めて体を確かめる。 漫画は人体の不思議への入口。そして現実の体は、思っているよりずっと繊細で、思っているよりずっと正直です。

重傷でも動けるのは“現象”としては本当。でもそのタフさの正体は「痛みが消えるスイッチ」で、「傷が消えるスイッチ」じゃない。痛くないことは、無事の証明にはならないよ。“痛くないから動けた”ときこそ、動きを止めて体を確かめてね。🐬

では、また次の検証で。

📚 シリーズを追う方へ:これは〈からだ検証 #08〉でした。医師によるアニメの“体”検証、これからも続けます。次回の診察を見逃さないよう——note(Dr.Waterのアニメ医学)をフォローしてもらえたら嬉しいです(無料)。

ウォーター——産業医・予防医学。日本人産業医であり、筋金入りのアニメ・漫画オタクでもあります。


免責1|医療(Medical Disclaimer)

本記事は、エンタメ作品をきっかけにした一般的・教育的な医学解説であり、診断・治療を目的とするものではありません(医療助言ではありません)。本記事を読むことで医師・患者関係は生じません。健康上の判断は、必ずご自身の主治医・かかりつけの専門家にご相談ください。著者は医師ですが、ここでの見解は一般的・個人的なもので、著者はあなたの主治医ではありません。特に、事故・転倒・スポーツ・激しい作業のあとで「痛くないから」と大きな怪我を放置しないでください。痛みが一時的に抑えられているだけのことがあります。強い衝撃を受けたあとは、痛みが軽くても医療機関を受診してください。

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この記事を書いた人

ウォーター🐬|産業医・予防医学の医師です。企業で働く人の健康を診ています(臨床2年ののち、18以上産業保健の現場に)。そして仕事を離れれば、生涯漫画を読み続ける読者でもあります——日本人の産業医であり、筋金入りのアニメ・漫画ファン。いわばダブルインサイダーです。このブログでは作品を裁くのではなく、「あなたの体」の話として実在の医学で答え合わせをしています。医学的な話には必ず論文のリンクを付け、断定はしません。

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